できるはずのことができなくなる認知症の「失行」とは

出来るはずのことができなくなる認知症の「失行」とは

失行とは、運動機能などには問題がないのに動作がうまくできなくなる高次脳機能障害で、認知症でみられる症状の1つです。完治するのは難しいため、うまくサポートすることが必要になります。この記事では、失行の症状がある人への対応に役立つ知識をまとめました。ぜひ参考にしてみてください。

失行とは

失行とは

失行とは、認知症の進行にともなって出てくる中核症状の1つです。脳の運動野の障害によって起こるもので、運動機能や骨、関節、神経などには問題はないのに、やりなれているはずの行為ができなくなったり、使い慣れている道具が使えなくなったりします。認知症の症状だと理解していないと、「なぜできないのか」「なぜやらないのか」と戸惑ってしまうことでしょう。

中核症状とは

認知症の中核症状とは、認知症によって脳の細胞が壊れて、脳の機能が低下することで出てくる症状です。認知症にはいくつかの種類がありますが、脳の神経細胞が変化することで起こる基本症状は共通しています。

中核症状には、もの忘れや新しいことを覚えられない「記憶障害」、時間や場所が分からなくなる「見当識障害」、計画を立てて段取り良く作業を進めることができない「実行機能障害」などがあります。

また、中核症状によって引き起こされる二次的な症状は、行動・心理症状(周辺症状・BPSD)と呼ばれ、本人の性格や心理状態、生活環境に影響されるため症状には個人差がみられます。

>>認知症の中核症状・周辺症状(BPSD) 

失語・失認という症状も

話す、読む、書く、聞いたことを理解するということがうまくできなくなる「失語」や、目で見ているもの、聞いたもの、触れたものなどが正しく認識できなくなる「失認」といった症状もあります。

いずれも認知症が進行すると現れやすい中核症状です。

失行の種類

失行の種類

失行には、いくつかの種類があります。

観念運動失行

特に意識をしなければ問題なく行える動作が、口頭で指示をされたことを意図的にしようとしたり、マネをしようとしたりするとできなくなる症状です。

例:

  • ジャンケンはできるが、「グー、チョキ、パーをして」と指示されるとできない
  • 歯磨きはできるが、歯磨きをしている人のマネができない

観念失行

今まで使い慣れているはずの物や道具が使えなくなる症状で、日常的な用具の使い方や手順を忘れて使えなくなります。 部分的な個々の動作はできますが、手順がわからなくなるため複合的な動作になるとできなくなります。

例:

  • お茶を入れる際に、急須に茶葉を入れる前にお湯を入れてしまう
  • 入浴のために服は脱いだが、入浴の仕方がわからず風呂場の前で佇んでしまう

構成障害(構成失行)

三次元での構成ができなくなる症状で、空間的な構成や配列が難しくなります。

例:

  • 簡単な図形や立体を模写できない
  • 積み木を積むことができない

着衣失行

麻痺など運動障害はないのに、衣服を正しく着る動作ができなくなる症状です。

例:

  • 衣服を表裏逆に着てしまう
  • ズボンを頭にかぶってしまう
  • ボタンの留め方がわからない

失行のチェック方法

失行のチェック方法

今までできていたことができなくなっているなど、何かおかしいと思ったら以下の方法でチェックしてみましょう。プライドを傷つけないように、コミュニケーションの中で自然にチェックできるのが理想です。

図形を模写してもらう

図形の模写ができなくなる構成失行は、認知症の初期のうちから出てくる症状です。立方体または例のような重なる2つの五角形を模写してもらってください。「立方体は描けるけど五角形は描けない」など、どちらか一方だけ描けるというケースもあります。

図形を模写してもらう例

行為のマネができるか

行為のマネや簡単な指示通りの動きができるかを確認してみましょう。もしできなかった場合には、補聴器の不具合などがないかの確認も必要です。

やらなくなった日常の行為はないか

例えば毎日していた歯磨きをしなくなったのならば、もしかしたら歯ブラシが使えなくなったからかもしれません。「外出時に必ずネクタイを着用していたのに、最近は使わなくなった」「急須でお茶をいれなくなった」…など、やらなくなった日常の行為はないかどうかをチェックしましょう。

病院で診断を受けましょう

上記はあくまでも目安となるチェック方法です。「もしかしたら」と思ったら、早急に病院で診察を受けて早期診断・早期治療を受けましょう。

失行の対応方法

失行の対応方法

失行は完治が難しい症状です。「できないことをできるようにする」のではなく、失行と上手に付き合っていく方法を考えるようにしましょう。

できることを見つけてやってもらう

できることとできないことを把握し、できることはやってもらい、できないことをサポートするようにしましょう。

ボタンが外せなくなっていたら、ボタンの代わりにマジックテープにしてもいいでしょう。歯ブラシの使い方が分からなくなっていたら、介助者が手を添えて一緒に歯磨きをするという行動を繰り返し行います。

歯ブラシの毛先を上手に歯にあてることができないようであれば、毛先が広いものに変えたり、電動歯ブラシに変えたりといった工夫も必要です。

使う道具の数を減らす

使う道具の数を減らし、毎回同じ場所に置くようにしましょう。口腔ケアに必要な道具が分からなくなっているのなら、洗面台の周りにある使っていない道具など、不要なものは片づけてしまいましょう。

視覚でわかりやすい工夫をする

色や図、メモなどを使って、使い方や使う順番が視覚的に分かるようにしておきましょう。

まとめ

運動機能などには問題がないのにもかかわらず、特定の行為がうまくできなくなる失行は、認知症の中核症状の1つです。

見た通りに図形が模写できなくなる構成障害は、認知症の初期のうちから出やすいこともあり、病院で診断のための検査にも使用されています。他にも着衣失行、観念失行、観念運動失行などがあります。

失行は完治することが難しい症状です。残っている機能を生かしながら日常生活を継続する方法を、ケアマネジャーを中心とした介護職員に協力をしてもらいながら探してみてください。

医師:谷山由華
監修者:谷山 由華(たにやま ゆか)

医師:谷山 由華(たにやま ゆか)

【経歴】
・防衛医科大学校医学部医学科卒業
・2000年から2017年まで航空自衛隊医官として勤務
・2017年から2019年まで内科クリニック勤務
・2019年から内科クリニックに非常勤として勤務、AGA専門クリニック常勤

内科クリニックでは訪問診療を担当。内科全般、老年医療、在宅医療に携わっている