【グリーフケア事例・後編】10年以上続いた悲嘆状態から回復した会社員

安心介護では、介護が終わった後に残された方が感じる喪失感や落ち込みのケアであるグリーフケアについての記事を公開しています。 >>大切な人を失った後の喪失感によって起こる変化 >>大切な人を失った後の喪失感、痛みから心を回復する方法:グリーフケア

上記の記事を執筆いただいた介護者メンタルケア協会の橋中今日子さんに、実際に悲嘆状態(グリーフ状態)から回復した事例を紹介してもらっています。

前編では、自分の中の「悲しい」という気持ちに気づき、橋中さんの元に相談に来るまでを解説していただきました。 >>【グリーフケア事例・前編】10年以上続いた悲嘆状態から回復した会社員 

今回は実際に悲しみから立ち直るまでにAさんが辿ったプロセスについて解説してもらいましょう。 ―――――――

自分や人を責める言葉に隠れている“感情”に目を向ける

家族の介護に向き合う中で、 「家族みんなで見守る中で見送りたい」 「静かで温かな気持ちのなか旅立ってほしい」 「自然な形で命が終わってほしい」 など、最期の時間へ様々な思いを抱きながら、日々頑張ってきた方も多いのではないでしょうか?

けれども、命は予想不可能な要素がとても多いため、どれだけ努力したとしても、様々な状況の中で思い通り、期待通りの最期を迎えられないケースがほとんどです。

「もっとこうしてあげたかった!」という思いを否定する必要はありません。でももし、「もっと頑張れたはず!」、「もっとできたはず!」と自分を責める気持ちから体調を崩したり、仕事へのやる気が出なかったり、「どうしてちゃんとしてくれなかったの!」他人を責める気持ちで他のことが手につかないほど苦しい時には、責める気持ちの裏側に隠れている“感情”に目を向ける必要があります。

自分や人を責める言葉で気持ちが苦しくなる時は、自分を批判し、裁いている状態です。この状態から抜け出すには、責める言葉の裏に隠れている、自分の感情に目を向ける必要があります。

感情に目を向けるために、気持ちをノートに書き出す

カウンセリングを受けてくださったAさんにお願いしたことは、湧き上がる気持ちをノートに書き出すことでした。

この宿題を出した時にAさんは「悲しい気持ちを書き出したら、嫌な気持ちで溢れかえりませんか? 悲しみや怒りの泥沼にはまりそうで怖いです」と話されました。

Aさんのように「悲しい気持ちになると立ち直れない!」と感じて、気持ちに蓋をしている方は少なくありません。 でも安心していただきたいのは、感情に気づくことと、感情に溺れることは別物です。

感情に呑まれる、溺れそうな感覚の時を例えるなら、「私が父を殺した!」というストーリーのDVDを頭の中で再生している状態です。

それに対して、書き出す作業は“悲しんでいる自分の状態”を、プロジェクターで外に映し出して「ああ、私こんな風に感じているんだな」と外から眺める、客観視する作業なのです。

嫌な気持ちに浸りたくない、感情に溺れそうで怖いと感じていても、書き出す作業中に感情に溺れたり、ぐるぐると嫌な思いが巡り続けたりすることはありません。

安心して書き出してくださいね。

苦しさの理由に向き合う

Aさんの場合、「もっと頑張れたはず!」、「私が父を殺した!」と、まずは自分を責める気持ちを書き出してもらいました。

その後、どうしてそんな気持ちになるのかを書き出してもらったところ、こんな気持ちをつづってくれました。

・「もっと頑張れたはず!」と感じるのは、もっともっと父にしてあげたかった、思いを届けたかった。だから苦しくて悲しい気持ちを感じている

・「あの時ああしていれば…」と感じるのは、1ヵ月で父が亡くなったことがショックだし、もしかしたら他の結果があったんじゃないか?と、希望と絶望を感じているから。

・「自分のことを優先して申し訳ない…」と感じるのは、仕事をとても大切に思っているし、それと同時に家族のことも大切にしたいと思っているから。でもあの時、父を犠牲にすることで仕事を守った気がして、とても辛い、悲しい気分になっている。

たどり着いた解放感

Aさんには1日10分、ノートに書き出す作業を1週間続けてもらいました。

ノートに書き出す際の注意点は3つです。 1) 思い浮かんだまま書き出す 2) 書き出せない日があってもいい。でもノートを必ず1日1回は開くこと 3) 少し余裕ができたら、過去の書き出したものを見直す

最初、全く書き出すことができなかったそうですが、自分や相手を責める言葉を書き連ねていくうちに、「思っていたよりも苦しかった」ことに気づきました。

また、書き出した文章を読み返すことで、「父のこと、守りたかったから苦しかった」、「自分の力が足りないと感じて悲しかった」、「母ともっと父のことを語りたかった」、「本当は、家でみんなが笑っていて欲しかった」と、守りたかったこと、叶えたかったことが言葉にできるようになりました。その時には、涙とともに大きな大きな解放感を得たそうです。

書き出す作業を3週間続け、「いっぱい泣いて、悲しめて、楽になりました!」、「悲しい気持ちはまだまだあるけど、悲しい気持ちでいてもいいんだと感じています」、「友達にも、父のことを話せるようになって、気持ちが楽になりました」と、その変化を語ってくれました。

悲しみを外にだすことが何よりも大切

大切な人を失うことで受ける心の痛みはとても大きいものです。心の痛みが大きいほど、「こんな話しをしたら、周囲が暗い気持ちになるかも…」と感じてしまいます。

けれども、心の痛みを解消するには、苦しみを外に出すことが何よりも重要です。

苦しい気持ちを感じた時、誰にも話せないと感じている時には、浮かんでくる気持ちをありのままノートに書き出すことから始めてみてくださいね。

《執筆者:橋中今日子》 理学療法士・リハビリの専門家/心理カウンセラー

認知症の祖母、重度身体障害の母、知的障害の弟の3人を介護。シングル介護歴は21年になる。家族関係や人間関係に悩んだことから、心理学、コーチング、コミュニケーションスキルを学ぶ。

「介護者メンタルケア協会」を設立し、家族を介護している方、医療・介護の現場で働く方が「心が軽くなる」よう、心身両面からサポートする活動をしている。

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