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<特集>知っておくべきこれからの認知症対策 『新オレンジプラン』第2回:認知症を正しく知る・正しく理解する

<特集>これからの認知症対策『新オレンジプラン』

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認知症の人が自ら病気について語りはじめている今

認知症の人とそのご家族が “自分達らしく” 地域で暮らしていくために必要なこと、それはご家族はもちろん周囲の人々が認知症をよく理解することです。

ひと昔前に比べるとずいぶん理解が進みましたが、まだ認知症を「恥ずかしい」「特殊な病気」と捉える人が少なくありません。そこで、もっと認知症のことを知り、社会全体で受け入れていこうという取り組みが進んでいます。

たとえば、全国各地で開かれているイベントやテレビ、雑誌などの特集がそのひとつ。

最近では認知症の人自身が症状を語り、どんな想いで病気を受け止めているのか、どんなふうに接してもらえれば嬉しいのか発表する機会も増えています。

目標人数800万人!全国で養成が進む認知症サポーター

認知症のことを学んだ「認知症サポーター」の養成も各自治体で進んでいます。

認知症サポーターとは、認知症について正しく知り、いろいろな場面でご本人やご家族を応援する人のことを言います。自治体が開催する養成講座を受講すれば、誰でも認知症サポーターになることができます。
養成講座を受講したからといって、定期的になにか活動をしなければならないといったことはありません。あくまで、養成講座を受講することで、認知症を正しく理解し、地域の中で、まだサポートが行きわたっていな認知症の方たちに、認知症サポーターができる範囲の中で援助を行う。これが認知症サポーターの最も大きな役割になります。日常生活の中で、買い物をしている最中に、何か困っている様子の方に認知症の症状が見られた。そんな時、困っている方に対して、認知症サポーターから援助の声をかけてあげる。認知症で困っている方にとって、そんな身近な存在であるのも、認知症サポーターの大きな役割です。
認知症サポーターの養成講座は無料で所要時間も1~2時間程度、簡単な講義を受け、認知症の正しい知識を身につけます。

受講生は個人で申し込むこともできますが、学校や職場、地域の会など団体で申し込めば、自治体から講師が派遣され、最寄りの会場で受講できます。

受講後には認知症サポーターの証として、手首につける「オレンジリング」が支給されます(「オレンジプラン」という名称も、このオレンジリングから生まれました)。

オレンジリング(出典元:厚生労働省)

「新オレンジプラン」では、2017年度末までに認知症サポーターを全国で800万人養成することを目標にしています。今後の課題は養成した認知症サポーターが自発的に地域の活動などに参加できる仕組みづくりです。

学校教育にも広がりつつある認知症ボランティア

先にお話した認知症サポーターの講座は、小学校や中学校でも開催されています。早い時期から認知症を知り、認知症の人とあたりまえに共生する社会を頭に描いていてほしいからです。

教育機関の協力を得て、学生が認知症高齢者施設やイベントでボランティアを行う取り組みも広がりはじめています。

認知症を正しく知ることで「誰でもなる可能性がある病気」だと理解し、困っている方に自然に手を差し伸べられる人が増えれば、認知症だけでなく高齢者や障害者にも住みよい社会になるはずです。

あなたも、まずは認知症サポーターになることからはじめてみませんか?

 

>>  “新オレンジプラン” について、同じ介護者同士で話し合う!(共感広場への投稿)

>>『認知症』について、他の人の体験談を見る!
>>『認知症』について、もっと詳しく専門家に相談したい方はコチラ!

 

全5回 連載企画:<特集>知っておくべきこれからの認知症対策「新オレンジプラン」
第1回:「新オレンジプラン」ってどんなもの?
第2回:  認知症を正しく知る・正しく理解する
第3回:認知症に早く気づくことの大切さ
第4回:地域みんなで認知症を支える
第5回:住み慣れた地域で自分らしく暮らす

 

■ コメント

  1. たっちゃん より:

    オレンジプランが言いたいことの中に、「住み慣れた町や自宅から突然離れることで、認知症の症状が悪化することがあります。」とあれますが、私の経験では、こうした画一的な表現こそが、認知症を悪化させるケースもあることを考える必要があると思います。

    因みに、私の場合、地域包括センターとケアマネをはじめ周囲の知識人方の反対を押し切って、一昨年新築マンションに移りました。
    ところが、これをきっかけとして、徘徊、易怒、暴行などの激しいBPSDが、ほぼ完全に解消しました。

    詳しい報告をする時間がなくて残念ですが、私は前記の表現こそ、混迷させる要因の一つになり兼ねないと危惧しています。