「嚥下障害」とは飲食物や唾液を飲み込む嚥下機能が低下する症状のことです。嚥下障害の原因は脳卒中、パーキンソン病、認知症など多岐にわたりますが、高齢になるほど発症率は上昇します。このため、超高齢化社会に突入した日本において嚥下障害を持つ人は年々増加傾向にあります。
そこで今回は、嚥下障害の人と接する機会が多いであろう介護施設職員や患者家族のために嚥下障害による症状・症状・対処法までを詳しく解説します。
嚥下障害とは?
嚥下障害とは、物を飲み込む機能が低下することによって飲食物が食道から胃に正しく送り込まれず、口の中に溜まったり、気管の中に入り込んでしまう症状のことです。
物を飲み込む動作を「嚥下」と呼びます。嚥下には舌や歯、のど、食道など様々な器官が関与しており、それらを動かして正しく嚥下するよう指令するのは脳や神経です。嚥下障害はこのいずれかに何らかの異常が生じることで引き起こされるのです。
嚥下の5つのステージ
嚥下は口の中に取り込んだ飲食物が胃に到達するまでの段階によって次のような5つのステージに分類されます。
先行期
「食べ物を認識し、適量を判断して口へ運ぶ」 私たちは目で見たり、匂いを嗅いだりすることで飲食物を認識します。そして、「食べたい」という欲求が生まれ、口の中で無理なく咀嚼できる適量を判断して口に運ぼうとします。
準備期
「口の中に入れた飲食物を咀嚼する」 先行期で認識された適量の飲食物を口の中に入れて、食物を細かくなるまでよくかむ(咀嚼)のを繰り返し、飲食物がのどや食道を通過できるような柔らかい塊(食塊)を作ります。
食塊は歯、舌、顎、頬などを使って細かく砕かれた飲食物が唾液と絡み合うことで形成されます。
口腔期
「食塊をのどに送り込む」 準備期で柔らかな食塊となった飲食物は、舌の動きによってのどに送り込まれます。
食塊は、舌が上あごに接して口の中の圧が高まることで自然にのどの奥へ流れていきますが、口の中の圧を高めるには唇をしっかり閉じる力も必要とされます。
喉頭期
「のどに流れ込んだ食塊を食道に送り込む」 食塊がのどに流れ込むと、脳の延髄が刺激されて食塊を食道の入り口に送る反射が生じます。
このような反射を「嚥下反射」と呼び、食道の入り口が広がると同時に食道の入り口に隣接する声門が閉じて気管への流入を防ぐ仕組みが働きます。
食道期
「食道に流れ込んだ食塊を胃へ送り込む」 食道は柔らかい筋肉でできており、食塊が入り込むと蠕動運動を繰り返して内容物を胃の中へ送り込みます。また、胃と食道の境目には逆流を防ぐために硬く閉じる筋肉があり、食塊が通る時のみ一時的に開きます。
水分の場合、かむ必要がないため②の準備期がほとんどなく、また、3~5のスピードが食物より速くなります。このため、食べ物と飲み物を一緒に食べるとそれぞれの飲み込むタイミングがずれて、誤嚥しやすくなるといわれます。
嚥下障害の原因
嚥下障害は、上で述べた5つのステージのいずれかに異常が生じることによって引き起こされます。それぞれのステージに異常を来たす原因は次の通りです。
先行期
飲食物を正しく認識し、適切な量を口の中へ運ぼうとする先行期を司るのは、認知や情動を支配する大脳、摂食中枢がある視床下部、食器を持つ手や腕の運動を司る脊髄などの神経系です。
先行期は、脳卒中、頭部外傷、脳腫瘍、認知症など脳の機能に障害を来たす病気、パーキンソン病や多発性硬化症など運動機能が著しく低下する病気によって障害されます。
準備期
正しく咀嚼を行い、唾液を分泌することで食塊を形成する準備期を司るのは、唇や顎の運動などを支配する三叉神経、唾液分泌を促す顔面神経などです。
三叉神経や顔面神経は脳から分かれてきているため、脳卒中など脳の機能に障害を来たす病気によって障害されます。また、これらの神経に異常がない場合でも、歯の数や唾液分泌が減少すると、嚥下に適した食塊を形成しにくくなることがあります。
口腔期
舌や唇の動きによって口の中の内圧が高まることで、食塊がのどに送り込まれる口腔期を司るのは、舌の運動を行う舌下神経、唇の運動を行う顔面神経などです。
このため、先行期や準備期同様、脳の機能に障害を来たす病気が原因でのどに正しく食塊が送り込まれなかったり、重度な口内炎や舌がんなどによって舌の動きが鈍くなることでも口腔期に異常が生じます。
喉頭期
のどの食塊を食道に送り込む喉頭期を司るのは、嚥下反射を引き起こす舌咽神経や迷走神経などです。
このため、脳にダメージが加わる病気、喉頭がんなどによって声門の動きが悪くなったり、食塊の通り道が物理的に狭くなることなどによって正常な嚥下反射が行われなくなりします。
食道期
食道に送り込まれた食塊を胃へ送る食道期を司るのは、食道のぜん動運動を促す迷走神経などの神経群です。
これらの神経が障害されることも食道期の異常を引き起こしますが、食道がんや食道裂孔ヘルニアなどによって食塊の通過障害・逆流が生じることもあります。
嚥下障害の症状
私たちが食べ物や飲み物を口にするのは、生きるためのエネルギーや栄養素、水分を補給するためです。すなわち、嚥下障害によって食事量や水分量が減少すると、低栄養や脱水を引き起こします。
低栄養は免疫力を低下させるため、風邪をひきやすくなったり、寝たきり患者では重度な褥瘡を引き起こすことも少なくありません。また、体内の水分が不足することで血栓が形成されやすくなり、脳梗塞や心筋梗塞など生命に危険をもたらす病気の発症リスクが高くなることも考えられます。
嚥下障害で最も注意しなければならないのは、喉頭期の異常によって食塊が気管内に入り込んでしまうことです。十分に咀嚼が行えていない場合は、食べ物によって窒息する危険もありますし、肺の中に飲食物が流れ込むことで細菌感染を引き起こし「誤嚥性肺炎」を発症することもあります。
飲食は私たちに喜びももたらし、生活の中で大きな価値を占める行為の人も少なくないでしょう。そのため、嚥下障害が起きると、食の楽しみが減りQOLが低下し、抑うつ気分など精神的な不調を来すケースも少なくありません。
嚥下障害はどこを受診すればいい?
上で述べたように、嚥下障害の原因は非常に多岐にわたります。全てのステージの障害原因に共通するのは、脳にダメージが加わる病気や嚥下にかかわる部位の病気です。
これらはいずれも年齢が高くなるにつれて発症率も上昇し、とくに既往歴がない場合でも加齢による脳や神経、筋肉の衰えが原因になることも多々あります。
嚥下障害がみられる場合は、それぞれの原因に合わせた診療科を受診することが望ましいですが、その原因が分からないことも多いでしょう。まずは内科などのかかりつけ医に相談するとよいでしょう。
脳卒中や認知症などの既往がはっきりわかっている場合には、その担当医に相談するのが一番です。
嚥下障害はリハビリテーションで改善できる?
嚥下障害は放っておくとどんどん進行し、ついには口から飲食することが困難になります。また、重篤な誤嚥性肺炎を発症するリスクも高いため、嚥下障害を発症したとしてもできるだけ症状を進行させないことが大切です。
そのためにも、嚥下障害には積極的なリハビリテーションを行うことが推奨されています。嚥下障害のリハビリテーションには主に
があります。
いずれの方法も医師や理学療法士の指導に従って、毎日続けていきましましょう。
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まとめ
嚥下障害は年齢を重ねるごとに発症しやすくなります。食べること、飲むことが困難になるばかりでなく、誤嚥性肺炎などを引き起こして死に至るケースもあります。嚥下障害がみられる場合には、できるだけ早く病院に相談して、適切なリハビリテーションを行うようにしましょう。
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(編集:編集工房まる株式会社)
2011年に医師免許取得後、臨床研修を経て一般内科医として勤務。その後、国立保健医療科学院や結核研究所での研修を修了し、保健所勤務の経験もあり。公衆衛生や感染症を中心として、介護行政、母子保健、精神福祉など幅広い分野に詳しい。日本内科学会、日本感染症学会、日本公衆衛生学会に所属。