認知症の母と同居しています。近頃、物を失くすたびに私が盗ったと疑うようになり、困り果てています。「盗るわけないでしょ」と言っても信じてもらえず、泥棒呼ばわりされて辛いです。認知症には物盗られ妄想という症状があるようですが、どうすれば妄想がおさまるでしょうか。
認知症の人への介護では、ときに理不尽な反応をされることがあります。そのなかでも、物盗られ妄想への対応に関する悩みを抱えている介護者は大勢おり、対応も難しいもの。
物盗られ妄想は、日頃から一番熱心に介護をしてくれている人に対して出現することが多いです。実の親に泥棒扱いされてしまうと辛く、病気のせいだとわかっていても受け入れがたいのは無理もありません。
ここでは、物盗られ妄想の改善や介護者の負担軽減につながるよう、物盗られ妄想が起こる原因や背景、適切な対応の実践方法を解説していきます。
介護者を悩ませる「物盗られ妄想」とは
認知症が進行するとさまざまな症状が現れますが、なかでも介護者を戸惑わせることが多いのが「物盗られ妄想」です。まずは、物盗られ妄想が起こる背景や原因をみていきましょう。
認知症の人に多い被害妄想の一種
物盗られ妄想は、認知症の人に現れることがある被害妄想の一種です。妄想とは、現実ではないことを真実と確信する状態を指します。いったん思い込むと、周囲の人が誤りを指摘しても受け入れてもらえせん。
そして、被害妄想は「大切な物を盗まれた」「自分はだまされている」など、被害に遭ったと思い込む症状です。
その一種である物盗られ妄想は、認知症の人の被害妄想として高いよく出現します。症状としては「ここにあるはず」と思っていた場所に財布や通帳、貴金属などが見当たらず、「盗まれた」と思い込むパターンが多いです。
実際は、ご本人が別の場所にしまったり、置き忘れたりしていたとしても、自覚がないため説明しても納得しないケースがほとんど。「盗まれた」と思い込み、周囲の人に疑いの目を向けてしまうのです。
もの忘れや思考力の低下がおもな原因
物盗られ妄想が起こる背景には、認知症による記憶障害や思考力の低下があります。
認知症になると、ものごとの記憶が失われ、自分の言動も忘れてしまいます。そのため、例えば、自分で財布をバッグから棚にしまったにもかかわらず「バッグにあるはずの財布がない」と訴えます。
単なるもの忘れであれば、指摘されたりすると「そうだった、棚にしまったんだった」と思い直します。ですが、認知症になると妄想が出やすく、「ほかの場所にあるかもしれない」などと思考を巡らせることが少なくなるため「誰かに盗まれた」と思い込んでしまうのです。
個人差が大きい周辺症状
認知症の症状を大きく分けると「中核症状」と「周辺症状」があり、物盗られ妄想は周辺症状にあたります。中核症状は、記憶力・判断力の低下など認知症のすべての人にみられる基礎的な症状です。
周辺症状には徘徊やうつ、不潔行為、幻覚などさまざまな症状があり、生活環境や性格などによって出方が異なります。そのため、物盗られ妄想もすべての人に現れるわけではありません。
物盗られ妄想の特徴
物盗られ妄想には次のような特徴・傾向があります。
認知症の初期に現れやすい
物盗られ妄想は認知症の初期段階に現れやすく、通常は認知症が進行するにつれて軽減します。初期は周囲も認知症だと認識していないことが多いため、「盗まれた」という本人の主張が「認知症による妄想である」と気づきにくいケースもあります。また、物盗られ妄想は長期化しないことが多いものの、なかには1年以上続く人も見受けられます。
身近な人が疑われやすい
ご本人にとって身近な人が疑われやすいというのも、物盗られ妄想の特徴の一つです。例えば、日頃から身の回りのお世話をしている人や、頻繁に自宅を訪問するヘルパーさんなど、一緒にいる時間が長く、ものを言いやすい関係性の人が対象になるケースが多いです。
そのため、疑われる人からすると「こんなに介護をがんばっているのに、なぜ信用してもらえないのだろう」と困惑し、ご本人との関係性が悪化してしまうことも珍しくありません。
女性に多くみられる
物盗られ妄想は男性より女性に多い傾向がありますが、原因は不明です。男性の場合は、「妻が浮気している」と思い込むなどの「嫉妬妄想」が多いといわれています。
介護の負担軽減に!物盗られ妄想への対処法
さいごに、物盗られ妄想がみられたときの対処法をご紹介します。介護の負担軽減にもつながるのでチェックしておきしょう。
怒らず冷静に話を聞く
まず心がけておきたいのは、本人の主張を否定せず、冷静に話を聞くことです。ありえない話であっても、「それは妄想だよ」「盗むわけないでしょ」と否定したり、怒ったりするのはNGです。
ご本人は病気の影響で思い込んでしまっているので、ネガティブな態度をとると一層かたくなになりかねません。泥棒呼ばわりされて気分が悪くなるのは当然ですが、ここは「認知症の症状なんだ」とグッとこらえて落ち着いて対応しましょう。
「盗まれた」と訴えてきたときは、「それは大変だね」「困ったね」などと共感の言葉をかけ、話に耳を傾けましょう。
一緒に探す
「バッグに財布がないのは盗まれたからだ」などと訴えてきたときは、共感の言葉をかけつつ、一緒に探してあげましょう。財布が棚にしまってあるのを知っていたとしても「自分で棚にしまったでしょ」と指摘すると、プライドを傷つけてしまう可能性があります。
探しているうちにご本人も落ち着いてくることがありますし、「ここにありましたよ」と見つけてあげれば症状はおさまるでしょう。
話題を変えて意識をそらす
盗まれたと思い込んでいるご本人は、怒りで興奮していることがあります。そのようなときは、天気や食事、趣味など別の話題を投げかけ、意識をそちらにそらしてみましょう。話題を変えたり、別の行動に誘導したりすれば、時間の経過とともに症状が落ち着く可能性があります。
自分がその場を離れる
ご本人の怒りがおさまらず、攻撃的な態度をとってくる場合は、こちらがその場を離れることをおすすめします。
認知症の人のなかには、感情の抑えがきかず、暴力をふるってくる場合もあるため注意が必要です。興奮状態がおさまらないときは、その場に居続けずに別の部屋へ行き、少し様子をみましょう。
また、一人で対処しようとせず、ほかの家族やヘルパーさんなどに間に入ってもらうのも一案です。
介護サービスを利用する
物盗られ妄想をはじめ、認知症の諸症状への対応が難しいと感じたら、デイサービスやショートステイなどの介護サービスの利用も検討しましょう。
先述の通り、認知症になると記憶障害だけではなく、さまざまな周辺症状が現れるようになります。適切な対策や予防策は症状によって異なるため、同居するご家族の心労は大変なものに。すべて家族だけで対応しようとすると、心身ともに疲弊し、介護どころではなくなってしまいます。
ですから、認知症介護をする際は、できる限り早めに介護サービスを組み込むようにしてください。
医師や介護の専門家に相談する
医師やケアマネジャーなどの専門家に相談することも大切です。医師の診察を受ければ薬によって症状を抑えられるかもしれませんし、介護の専門家であればご本人の状態に合った対処法をアドバイスしてもらえるでしょう。
なお、公的な介護サービスは介護認定を受けていないと利用できません。まだ認定を受けていない場合は、自治体の窓口や地域包括支援センターに申し出ましょう。
認知症の症状と理解し、冷静に対応を
認知症の人に物盗られ妄想が現れると、身近な人に疑いの目が向けられるケースが多いため、ご家族や介護を担う人の精神的なストレスを増大させます。ですが、「認知症の症状なんだ」と理解し、適切に対処すれば症状がおさまる可能性があります。
介護をがんばっている方からすると、身に覚えのないことで責められたり、泥棒扱いされたりするのは大変なストレスです。しかし、そこはグッとこらえて落ち着いて対応しましょう。
とはいえ、ご家族だけで抱え込もうとせず、必要に応じて医師やケアマネジャーに相談してください。
※この記事は2020年2月時点の情報で作成しています。
認知症の中核症状・周辺症状(BPSD) | 介護の無料相談&ハウツー「安心介護」
主任介護支援専門員 看護師
合同会社 カサージュ代表
看護師として病院勤務8年、大手介護事業者で約19年勤務し管理職を経験。
2019年8月合同会社カサージュを立ち上げ、「介護特化型研修事業」「介護離職低減事業」など介護に携わる人への支援を行っている。企業理念は「介護に携わるすべての人の幸せな生活をサポートする」。