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2015年11月12日 21:47

投稿者

その他 はるうさぎ さんの投稿 レギュラー会員

介護対象者の続柄:実母

認知症の有無:あり

要介護度:要介護5

介護状況:介護対象者が長期施設入所中

診断名:向精神薬依存症後のうつ病、廃用症候群、心不全

白手袋 2009年10月20日のブログより

お返事を待たずに転載してます。
すみません。これも自己満足な続きです。

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父の死後、毎晩「眠る」というよりもほとんど「気が遠くなる」という
感じで眠りに入っていますが、そのあたりで疲労感がぼちぼち表に
出てきているみたいですね。

諸手続きのあれこれは、まだ書類が揃わないものもありますし、
木曜日あたりが終日忙しそうです。ですので、今日はちょびっと
ひとやすみの心境ですが、もしかしたら急ぎのお仕事が入るかもしれない、
ということもあって、気持ちは落ち着きません。
が、自分のために書き留めておきたいと思った、昨日の文章の続きです。

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以前の日記にも書きましたが、もともとのうちの菩提寺は先代のご住職が
亡くなったあと、後継者争いで裁判沙汰になっています。
まがりなりにも宗教なのに…とあきれ果てたわが家は、いずれの派からも
離れ、基本的に無宗教になりました。
いままでのお寺に所属していたお墓もありますが、いずれ2,3年のうちに
無縁仏として合葬されることになると思います。

ですから、わが家でのこれからのお葬式は「自由葬」で家族のみの
ささやかなものにしたいと考えておりました。たまたまケアマネEさんが
尼僧の免許を持たれていたこともあり、Eさんに般若心経でいいからお願いね、
などと頼んでいました。

が、打ち合わせのあと、弔問にいらした親しいご近所さんから、あとで
知らなかった人たちがばらばらとお参りに来られるのも大変だし…、と
町内で至急回覧でお知らせすることになってしまいました。
偶然にも当日大きな会場の方を借りられたなりゆきもあって、「おまけ」の
規模がいつのまにか大きくなっていきます(^^;) 

「家族葬じゃなくていいなら、うちの妹たちも…」とか、そういう声が
増えて、祭壇が完成する頃には参列者の予想人数がかなり増えておりました。

そうなると最初Eさんにお願いしていた般若心経だけでは時間が持ちません。
会場の広さでお坊さんが不在なのもなんだかおかしい、とかそういうことに
なって、当日急遽葬儀屋さんが知り合いのご僧侶に声をかけて、またたまたま
そのお坊さんのスケジュールが空いていたために、お通夜と告別式のお勤めを
引き受けていただけることになりました。

その旨、Eさんに連絡すると「わー、気持ちが軽くなりました(^^;)
気楽に行きます(^.^)」というお返事(^^;) …そうかもしれません。

会場で流そうと以前から用意してあったアンディ・ウィリアムスの
「Hawaiian wedding song」はあっさりとボツに…(T.T) その決定が
お通夜の午後でして、まだ寝不足でぼーっとしている母と私のまわりで、
いつのまにかそういう形になってしまっておりました。

納棺の時にベストのタイミングで、甥と姪と義妹が駆けつけてくれました。
遠いし、勤務の都合もあるし、お参りは無理しなくていいよ、と言って
あったんですが、甥などは24時間の勤務を終えた直後に高速に乗って
駆けつけて来てくれたんですね。ありがとう。
しかも!私がもし来てくれるならそれだといいなあ、と思っていた
消防士の制服姿でした(^.^) やー、いいねえ、かっこいいじゃないの~(^.^)

末期の水と花をしっかりとお供えしてくれました。義妹は遠慮ゆえか、
式場の方で母としみじみ対面して、泣いてくれていたらしいです。
ひさびさの京都なので、その夜はそれぞれこちらの友達に会って、
翌日の告別式に再度来てくれるとのことで。姪は今週はすぐに勤務が
あるらしいです。

姪も頑張っています。特養ホームに勤めていますので、夜勤は2人で
60人のお世話をしているとか、食事の世話で3人ほどのお年寄りの口に
ご飯を運んだりしているそうな…。ただまだ21歳なのに、名前を覚えて
くれないお年寄りに「寮母さん」とか呼ばれるのがちょこっと微妙な
心境らしいですが…(^^;) 介護福祉士の実務は合格したので、来年
ペーパーテストを受けるそうです。

甥っ子は「おばあちゃん、学校より仕事の方がよけいにしんどいよ」と
言ってましたね~。火事がそうそうあるわけではないので、レスキューも
やるし、救急車にも乗っているそうで、また姪っ子の勤めるホームが
同じ管轄内にあるから、救急車の要請で時々姉弟で鉢合わせするはめに
なりそうだと笑っていましたが…。
二人ともとても逞しく、かつ優しく育ってくれて嬉しい限りです。
父はこの孫たちの成人で一安心したのかもしれません。

お坊さんに初めてご挨拶したのが、お通夜の1時間前…(ーー;) 
気さくなお坊さんでした。基本浄土宗でしたが、まあ宗派は別に
なんでもいいんですね。ただ、そのお坊さんが自分の先代の方
(尼僧だったそうですが)を8年間お寺で介護したとかで、我々の気持ちを
よく理解してくださる方のようでした。

で、そのお坊さんが「戒名はみんなでつけてあげたいと思いますが…」と
言われまして、俗名のままでいいかな、と思っていた父も戒名を
いただけることになったわけですね。
母や伯父たちも含めて案を出して、私がどうしても入れて欲しい、と
直感的にその場で思った「翔」の字と父の名前から「益」の文字を採って、
「慈光翔益信士(じこうしょうやくしんじ)」という戒名をいただきました。

「翔」の字には海外を翔て仕事をしてきたイメージや、飛行機マニアな
父の憧れも含まれています。私の名前をつけてくれたのが父ですので、
人生初めてのプレゼントのお礼に、人生最後の戒名をつけてあげられたのも
嬉しいことでした。

その夜のお通夜、翌日の告別式ともに義理ではない本当に昔なじみの人や、
ケア関係で非常にお世話になった方々がたくさん参列してくださいました。
とりわけ最初の時から最期の時まで親身にお世話になり、父自身が一番
信頼していた訪問看護師のAさんがひどく泣いてらして、お仕事を越えた
気持ちの深さが非常にありがたく感銘を受けました。本当に感謝です。

「哀しい」とか「寂しい」という気持ちよりも、父のためにお参りして
くださった方々のお気持ちがひたすらにありがたく、両日ともに参列して
くださった方々のお気持ちに感動して泣いておりました。
父は本当に幸せだったんですね。

告別式では参列してくださった方々へのご挨拶を甥が見事にこなして
くれました。生徒会などで慣れているとは思っていましたが、18歳の甥の
あまりの挨拶のなめらかさにまた感動したりして…。
本当に立派になってくれたなあ…、と嬉し泣き。

甥と姪は翌日の勤務があるために、すぐに帰らなければならなくて、
火葬場へは行けませんでしたが、出棺の時、ふと見るときちんと制帽と
白手袋を身に付けた甥が、綺麗な敬礼で見送ってくれておりました。


お山にて、秋晴れの空の下、ゆっくりと流れて行く雲を眺めつつ、
私はあらためて人生って美しいなあ、という感慨に浸っておりました。
そしてごくごく普通の人間の「死」もまた美しいなあ、と思いました。

歴史に名前を残す人はごくごくわずかにすぎなくて、名前も残さずに
生まれて生きて、死んで行った人たちの方が圧倒的に多いわけですが、
実は本当に世の中を作ってきたのはその人たちで、意味もなく
生まれてくる命などきっとひとつもないのですね。
どんなに平凡な人の人生でも無意味なものなどひとつもないんです。

人間として一番大切なことをしっかりと残してくれた父と、その父の
人生に関わりをもたれた多くの人たちに、本当に心より感謝致しております。



はるうさぎ (id:haruusagi_kyo) 6年前


*おつきあいありがとうございました。

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