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2010年07月30日 21:41

投稿者

その他 ひさちゃん さんの投稿 レギュラー会員

介護対象者の続柄:義理母

認知症の有無:あり

要介護度:要介護5

介護状況:過去に介護をしていた

義母の認知症の介護について その後 こんな介護でした

今日、義母の部屋の遺品を全部ビニール袋に入れて縁側に出しました。義母は、十年頃前から緑内障で見えなくなって来ていたので、早くから部屋の整理をしていたので、物は洋服類しか有りませんでした。一人で外を歩けなくなったのは五年前位で、廊下の壁を伝って居間と自分の部屋を行き来していましたが、痴呆症状が出てきて、廊下の途中で判らなくなり時々グルグル回るようになりました。義母は自分が困っても自分で何とかしよう・世話をかけたら悪いからと、頼みごとをほとんどしない人でした。意志が強いと言えばそうですが、グルグル回って泣いている姿を見つけた時、一言オーイと呼んでくれたらと、遠慮しなくていいからと何度言ったか・・遠慮なく言ってもらえない、距離を感じて寂しかったり、逆に何時も呼ばれたらそれも大変で・・私も複雑・お義母さんも複雑・・・。こんなちょっとした気持ちがたくさん交差しながら毎日を過して来た。
私はパート勤めをしていたので日中は義母一人で部屋でベットに横になって手探りでポータブルトイレで用を済まして、後は何も出来ないので、ただ時間が過ぎるのを待っている状態でした。仕事を辞めたかったけれど返済金が多く辞められず、家に帰ると部屋の隅にペタンと座っていて、「お義母さん判らなくなっちゃったの?」と聞くと「判らなくなっちゃったの、でも危ないから言われた通りジッとしていたよ」って、どれだけ待ってたんだろう・・。だから、私の声を聞くとホットするよーと言われると、本当にただいまー、御免ねという気持ちでした。四月に脳出血で入院して、五月に退院させて、娘と交代で体位変換・オムツ交換・口中ケア・鼻からの流動食・・口からはもう食べられないと思っていましたが、チューブを抜いてしまったのをきっかけに口からミキサー食を少しずつ食べれるようになり、ヨーグルトとシチュ―が美味しく食べやすかったみたいです。義母は何時も何かしてあげると「ありがとう」と言いました。いよいよ痴呆もひどくなった時、私はこの義母は本当の義母ではないと思えるように、枕元に義母の元気で明るかった時の写真を何枚か額に入れておいて見るようにしていました。気持ちを切り替えるのにとても役に立ちました。その後、眠らせた状態にしていきましたが、義母は最期までみんなの事を心配して(安心させましたよ)、大きな呼吸を何回かして、静かに逝きました。趣味は畑で野菜作りと草取り・・他には何にもしない人で、だから知識もあまりなかったです。でも何時も一生懸命の人でした。思いはまだまだあります。
長々と書きこみましたが、自分の心の整理が出来ました。読んで下さってありがとうございました。

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