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2019年07月12日 06:47

投稿者

その他 ojityann さんの投稿 ゴールド会員

介護対象者の続柄:実父

認知症の有無:あり

要介護度:要介護5

介護状況:過去に介護をしていた

診断名:硬膜下血腫からの認知症

介護されて気付いたこと

介護されるようになると、介護してくれる人の言葉や態度に敏感になります。
私は、入院中に介護される立場を経験してそう感じました。オムツを交換して
もらい。導尿してもらうことは、保っていた何かを捨てる経験でもあります。
病を得て、たくさんの人たちの世話になるしかなくなった場合、どんなに酷い
言葉で侮辱されても、疎まれても、介護してくれる人を信じ、泣いて親の後を
追う子供のように、人を信じ続けることは、私には難しいと感じたのでした。
病人は、病人として精一杯生きるしかないとは思うのですが、苦しい中でも
可愛い高齢者でいることは、思った以上に難しいことなのかも知れません。
自信をなくし、卑屈な気持ちになっているところに、長い人生の中でどうにか
保ってきたプライドが崩れてゆく場合、良い高齢者であり続けるのは、私には
とても難しいことに思えたのでした。多くの高齢者が我が儘になるのも理解で
きます。介護者よりも介護される方が、気持ちが敏感になるのだと思います。
自分の都合に合わせた思考をする傾向のある私たちです。わかった気になって
いればその時だけは安心ですが、困難は、思いがけない時にやってきます。
介護者自身が病を得て、愛する者からお荷物だと思われる悲劇もあるのです。
福祉という考えは、昔から、小さな集団や、家族の中にはあったと思います。
福祉は、公的扶助による生活の安定や充足、また、人々の幸福を公的に達成
しようとすることであり、共助の一つだと思います。お馴染みの介護保険は、
2000年4月に始まったばかりの新しい制度です。
人が幸福だと感じる内容や幸福感の度合いは様々ですが、人が人らしく生命を
維持し、生活を豊かに発展させようとすることは、日本国憲法で人間の権利と
されています。幸福は、一人の私的レベルの幸せのことですが、福祉は、一人
ひとりの集まりである社会レベルの幸せを意味すると思います。ここが介護の
難しい一面です。介護者は、自分の幸せが、介護の犠牲になったという意識を
持つ場合もあります。福祉は、自己責任を言っては、福祉にはなりません。
幸せは、人より自分という利己的な面もある一方、福祉には、全体の幸せとい
うニュアンスがあるように思います。人は、誰もが老人になります、最後は誰
かのお世話になる可能性が高いです。私たちは、健康保険、老齢年金、介護保
険などの公的保険制度を、どんな風に充実させることができるのでしょうか。
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