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2019年05月12日 14:44

投稿者

その他 はんさむかあさん さんの投稿 ダイヤモンド会員

介護対象者の続柄:本人

認知症の有無:なし

要介護度:要支援2

介護状況:同居で在宅介護中

診断名:クモ膜下出血

「自分の人生」を全うすることと「家族」

色々な方の書き込みを拝読し、考え込んでしまった。
「家族」と言ったって、親子や孫のようなタテの関係と配偶者という横の関係では、その関係性の質が違う。法律でいうところの三親等を家族だと言われても、義父母と実の親とでは距離感も違うし、接し方も違う。
同じように家族・・・と言われたって、困る、と思うことも多いのではないか?

義両親の介護が、シビアな状況になってきた10年前。
義母の75歳の誕生月のことだった。義父、82歳。
「長男の嫁」である私がキーパーソンになるのは当たり前のように皆がい、そうでなくても思春期の受験生を抱えて仕事との両立に苦労していた生活に「通い介護」が追加された。
実家のある山間部からは、通える高校は少なく、息子が進学を希望するような学校はない・・・。
高校受験を控えた息子のため「同居」は考えられない。
とは言え、義姉は義姉で義兄の実家の母親を看なければならず、自分の親を優先する選択肢はなかったのだ。

こうして義両親が人生を全うするために、ふたつの「家族」が介護を開始した。
キーパ-ソンとして全面に立ち、病院や包括とやり取りするのは私。
洗濯機の使い方がわからない、レンジが使えない・・・と言われる度にかけつけるのは義姉。
満足に片付けられなくなったゴミの始末は義兄が掃除する。
それでも義両親が頼りにしているのは「長男」。
「長男」は、週に1回必ず顔を出し、ゴミを片付け、冷蔵庫を点検し帰ってくる。
報告を受けた私が、対策を取るため週半ばの仕事の休みを利用し通い、サービスを整える。

結局、ふたりで暮らすことが出来なくなり、3年後にはそろってグループホームに入ってもらったけれど、義父はずっと言っていた。
「最後まで自分の建てた家にいることだけが望みだ」と・・・。
「もう、十分生きたからお迎えはいつ来てもいい」とも。
義父の人生だけど、家族の都合で思わぬ我慢を強いてしまった。
それなのに、それを支える家族のほうも、結構負担だったりして・・・。
夫はよく言ったものだ。
「80歳まで生きてあんな風に子どもの足を引っ張るなんてイヤやな。
 長生きなんて、リスクでしかない・・・」と。
それでも、自分がしたいことを後回しにしていた私は、下の子が巣立ち、いつか親たちを無事見送ったら「したい」ことをいくつもため込んで、そのいつかを夢にていた。


まだ2人の母を見送らねばならないのに、私自身が介護される立場になろうとは想像もしていなかった。


「家族」に「してもらう」ことばかりの私に「自分の人生」を自分の思うままに送りたいと言う資格なんかあるのだろうか・・・?
私が倒れたことで、弟や義姉は母の介護を丸抱えすることになってしまった。その伴侶にしたら、たまったものではないだろう。

せめてやっと独立した人生を始めたばかりの息子達の負担にならないようにするには、どうしたものかと考えるばかりだ。
夫には、厄介な人生を選んだ、と、あきらめてもらうしかない・・・。
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