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まねきねこさんの介護日記

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公開

2012年12月29日 激動の1年はマレーシアから始まった

投稿者:まねきねこ レギュラー会員

1月末に、友人達と海外旅行中だった父が突然、脳溢血で倒れた。
そこから私の人生はすごい勢いで変化していった。

私は仕事中に旅行会社から連絡を受け、夫(リタイアしていたので助かった)
83歳の母(高齢なのにパスポートが切れてなくて良かった)と3人で翌日の
お昼には成田を出発。

8時間かけてマレーシアのクアラルンプールへ。
そこから車で2時間マラッカ到着。

父が手術を受けた病院へ急いでかけつけるとICUでチューブにつながれた
父がいた。生きているのか死んでいるのかもわからないように見えた。
でも、父の枕元にある装置は規則正しく数字がきざまれていた。
医者もののテレビでよく見た心拍やら、呼吸やらの数字らしい。

執刀してくれた中国人医師から説明を受けたものの、英語が堪能でない
私達ははたして、どの程度理解できたのやら。

命は助かった、でもすぐには日本に帰れない。
お金のことは父が入っていた海外旅行保険で何とかなりそう。

だけど、いつになったら父は帰国できるまでに回復するんだろう。
このまま、万が一なんてことになる可能性だってあるし。

父がうっすら目を開いたのは2日後。右手を握ると握り返してくれる。
水頭症になるかもしれないので追加の手術が必要になり、また手術。
そこから言葉が出るまで3週間かかった。左手足は重度の麻痺になった。

病院近くのホテルに泊まり、毎日朝昼晩3回顔を見に行った。
ホテルは自炊ができず、備え付けの小さな冷蔵庫はすぐにいっぱいに。
徒歩15分のところに、ジャスコがあってどんなに助かったか。

2週間ICUにいて、その後HDUに移り、一般病棟に移ったのが、2月末。
そろそろ日本に帰ってもいいと医師に言われたが、ストレッチャーで
飛行機に乗らなければならないとなると手続きに時間がかかり、
ようやく帰国できたのが、3月初め。

帰国し、急性期病院にいられたのは2週間。すぐに回復期リハビリ病院に
転院を薦められた。実際、マレーシアでもリハビリはやっていたが
日本とはだいぶ進め方も違っていたようだ。

リハビリ病院は、リハビリをする回数はそこそこあったが、その他の
時間は寝かせていることが多かったのと高齢のためもあり、私達家族が
期待したほどの効果は出ていなかった。
4か月ほどそこに入院していたが、不満が重なったため、早めに老健に
移ることに決めたのは7月末のことだった。

入所の際の説明がとてもよく、期待をかけた老健だったが、現実はそう
思い通りにはいかなかった。やはり父が受けたダメージの大きさが相当
だったことを思い知らされた。

9月に1回目のてんかん発作を起こしたため、最初の病院に2週間入院。
安静にしすぎて、リハビリで少しはできるようになったことが、すべて
無しになった。

老健に戻ってリハビリを続けるも、なかなか効果が出ず。そうこうして
いるうちに、てんかんの2度目の発作。またしても入院中に体力低下。

老健生活も3か月を過ぎ、家のバリアフリー建て替えが完成し、退所の
時期が近づいた。退所3日前に、3度目のてんかん発作。今回は
薬を飲んでいたせいか、発作自体は軽かったので入院せずにすんだ。

私は夫とともに、30年暮らした群馬県に別れを告げ、8年間続けた
仕事も辞め、建て替えた実家で同居することになった。

父は12月初めに退所し、手さぐりの在宅介護が始まった。
1日中父に振り回されてる私達。

2013年は、もう少し、自分の時間が持てるだろうか・・・



2012年12月29日 17:25

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